画人画廊・on line vol.24 「画材業界の中の人に聞く(1)」2025年6月5日
純喫茶でクリームソーダを飲みながら…「面白い企画」は雑談から生まれる
画材業界「中の人」に聞く(1)
画材店や画材メーカーの「中の人」は何を考え、業界を盛り上げようと奔走しているのでしょうか。株式会社カワチ・プラスデザール事業部クリエイティブディレクターの水口(みなくち)靖一郎さんとホルベイン画材株式会社営業部の宮本彰典さんが、会社の垣根を越えて画材業界のおもしろさや自身の仕事について語り合いました。(全3回のうちの1回目)
会社を超えて、「面白いこと」を考える
ーーおふたりは画材業界で活躍されていますが、それぞれの仕事について教えてください。まずはカワチの水口さん、お願いします。
水口靖一郎さん(以下、水口):株式会社カワチは、カワチ画材という画材小売店を展開しています。画材販売事業が中心となりますが、僕の所属するプラスデザール事業部は、オリジナル商品を作ったり、「画人画廊」という作家さんの展示会をキュレーションしたり、イベントを企画したりする部署です。
20年以上前、プラスデザール事業部の立ち上げの時から携わっています。当時、社長が仕事でカナダを訪問したことがあって、モントリオールにある芸術広場「プラス・デザール(place des Arts)」から部署名が名付けられました。
ーーホルベイン画材の宮本さんは、どのようなお仕事をされていますか?
宮本彰典さん(以下、宮本):ホルベイン画材株式会社という大阪にある画材メーカーの営業部で、カワチさんを担当させていただいています。ホルベイン画材は、水彩絵の具やアクリル絵の具の製造から、水彩紙やキャンバス、筆などもすべて取り扱っている総合画材メーカーです。
現在の担当はもう10年ぐらいになりました。商品やイベント企画の提案、作家さんの紹介などをしています。
水口さんと出会ったのはいつだったでしょうか……。
もともとメインは小売店を回る仕事ですが、水口さんが店舗にいることは特になかったので、通常お店を回っていたら会うことはないんですよ。だからどこで会ったんだろうなぁと考えていました(笑)
水口:そうやな、ほんまや(笑)
宮本:おそらく事務所に行ったときに話をさせてもらったのだと思うんですけど。僕もいきなり営業部ではなくて、入社は物流倉庫なんですよ。その後、製造部に異動、営業部に配属になったので、少し遅めの営業デビューでしたね。無知の状態で画材を売るわけではなかったので、営業先で「こいつ変わってるな」と思われていたかもしれません。
水口:宮本くんは画材の知識があったんですよ。作る工程の知識を持ってはる方やったので。
宮本:入社前はずっと別の業種をしながら、絵画教室の先生をしていたんです。クリエイティブ系の学校に通っていて、そこからの紹介で。さらにホルベイン画材ともご縁がありました。
ーーおふたりは直接お仕事をする関係ではないのですね。
宮本:最初は一方的に水口さんの名前だけを知っている感じでした。ギャラリーを回っていると、だいたい水口さんの名前が芳名帳に書いてあるんですよ。ギャラリーの人に「さっき水口さん来てましたよ」と言われることもあって。
水口:そうそう。僕もギャラリーに行った時「ホルベイン画材・宮本」と書いてあるのを見ました。でも、画材メーカーさんが芳名帳に書くってあまり見たことがないんですよ。
今は、「こんな企画したいんだけど」といろいろお互い相談し合っていますね。シンパシーが似ているんですよ。作家さんを応援したいという気持ちがあって。
かたや絵の具を作っているメーカーさんで、うちはギャラリーを運営している画材店。オリジナルグッズを作って作家さんのお手伝いができるので、宮本くんに作家さんを紹介してもらったり、逆に紹介したりしています。
宮本:メーカーだとある意味「限界」があると思うんです。例えば、ひとつの商品を作るにしても商品ロットが大きな単位になるんですよね。そんなとき、カワチさん(水口さん)やったら小ロットで対応してもらえることがあったりするんです。「カワチさん(水口さん)の企画でこういうことを一緒にやりませんか」という提案をさせてもらってきました。
ーー水口さんからは「シンパシーが似ている」とお話がありましたが、宮本さんから見た水口さんの印象はどうですか?
宮本:本当に「めっちゃ面白いおっちゃん」ですね。企画で行き詰まったら水口さんのところへ行きます。話すだけでなんか勝手に解決するんですよ。
ーー話すだけで、ですか?
宮本:「どうしたらいいんだろう」と答えを聞いているわけではないのに、「そういう考え方でええんや」みたいに解決していくんです。面白そうなことが勝手に湧いてくる。
水口:きちっとした企画会議よりも、雑談からのほうが面白いもんって出てくると思うんですよ。だから会社を超えて、「イベントしようか」「商品化しようか」と。
でも、純喫茶でふたりでパフェを食べ、クリームソーダを飲みながら1時間ぐらい話してるっていう、すごくシュールな絵ですよ(笑)
※あまりにもシュールだったので。イメージイラストでお送りします
最近の画材業界 ここが面白い、ここが変だ
ーーそれぞれの立場から業界を盛り上げているおふたりですが、最近の画材業界「ここが面白い、ここが変だ」と思うことはありますか?
水口:僕自身がそうだったんですけど、昔は絵を習う時って学校に通ったり、絵画教室へ行ったりしたと思うんです。でも今は、SNSで「やってみた動画」も多いじゃないですか。
少し前までは「この画材はこういう風に使う」とメーカーさんや小売店が発信していたのが、今はエンドユーザーさんが「こう使ったら面白い」と発信してくれるんですよ。全然気づかなかった使い方に対しては驚きの連続ですね。
宮本:「そんな使い方していいんですか!?」と、教えてもらうことが多いですね。
水口:ただ、丸っと鵜呑みにできないところもあるんですよ。僕なんかは、SNSで見た使い方をメーカーさんにも聞きながら実証実験して、大丈夫そうなものがあったらうちの責任で記事にすることがあります。
宮本:絵の具に片栗粉を混ぜたりとかね。
ーー片栗粉ですか!?
宮本:とろみを付けるために入れる感じなんですかね。メーカーとしては絶対にNGです。メーカーがよしとしてしまうと、何かあったときに責任を取れません。基本的には「別メーカーの絵の具とも混ぜないでください」とお願いしています。
水口:例えば、A社とB社の絵の具を混ぜて描いた絵を販売した時に、どうなるか分からないところがあるんですよね。成分が違うので剥がれてきたり、割れたりする可能性がある。だからメーカーさんとしては「同じメーカーの絵の具を使ってください」と発信します。小売店も同じ考えです。できれば同じものを混ぜてもらうほうが安心ですね。
ーー宮本さんは、「ここが面白い・変だよ」ということはありますか?
宮本:アート全体に言えることなんですけど、今まで絵を飾っている場所はだいたいギャラリーや美術館だったのが、最近どこに潜んでいるか分からないですね。小さいおしゃれな雑貨屋や喫茶店などにも出てきているんですよね。
最近営業で回っていたら工場の壁に絵が描かれていたこともあって、移動中もなかなか油断できないんですよ。もう今までよりずっとアンテナ張りっぱなしです。
水口:分かる。アンテナは張ってるね。
宮本:以前は理解が難しいものは全部「アート」と呼ばれていたり、この曲線が「アート」なんだよって言っていた人も多かった気がしたけど、今はそのよく分からないから「アート」っていうのも線引きが難しくなってきている気がします。
僕が学生の頃から言っていたのは、「現代アート」は「『現代』ではない」ということです。否定するわけでなくてその枠に収まりきらないものが増えてきていて、そろそろ別の言葉が出てきてもいいんじゃないかなぁと思っています。
水口:そうね、確かに。僕もアンテナは常に張ってて、「落書き」まで追ってる(笑)特にね、画材店に来てもらうと面白いんですけど、「試し書き」が試し書きレベルじゃないことがあるんですよ。
宮本:うますぎるよね。
水口:うますぎる。「え、これ試し書き!?」みたいな。そういうのを見るとめっちゃ面白い業界なんですよね。
ただ古い業界でもあるんですよ。
※画材店に行くことがあれば、色々なところの試し描きをチェックしてみて。楽しいですよ。
宮本:アップデートはされてるけど、なんででしょうね。
水口:「当たり前」が多すぎます。例えば、水彩色鉛筆という、色鉛筆やけど水で溶ける鉛筆。僕らにとっては普通のことでも、まだまだ知らない人は多いです。僕らは「当たり前」だと思いすぎていて、「当たり前ではない」という考えを変えられていないようなこともあって。
宮本:最近はプラモデルを汚すためにわざと油絵の具を使うんですよ。ジオラマとかを作る一部としても油絵の具を使うんです。
ーーこれまでの「当たり前」ではないものを見た時はどのように思われるんですか?
宮本:やられたなぁっていうのもありますが、やっても良いんだと僕らが思いますね。
水口:僕らも情報収集しているのに案外気づかないですよね。
宮本:絵の具は「描く」以外のために使っちゃダメみたいな。
水口:そうそう。変な思い込みや刷り込みが結構あるんですよ。メーカーさんが作る絵の具は最新の技術が使われたり、SDGsを反映した絵の具になっていたり新しさがあるけど、「古い業界やな」と感じることもありますよね。
ーーお互い常にアンテナを高く張っていらっしゃいますね。
※常にアンテナを張ってる図(想像図)
水口:僕はもともとデザイナーやったんですよ。デザインは「25歳を過ぎたら終わり」と言われる時代でした。25歳を過ぎたら新しいことが思い浮かばないという。
僕ももう50歳を回って、ぼーっとしてたらあかんなと思うので、常にアンテナを張っています。意識していないと年齢とともに発想力もどんどん低下してきますからね。
休みの日はニュース番組や情報番組が大好きで見ているんですけど、例えば街を紹介するコーナーですごくいい絵が映ったときは、どの地域の何のお店の絵かをすぐに調べて、作者が分かるとすぐ連絡します。
宮本:僕もそうですけど、「今流行りのものってなんだろう」とずっと追いかけています。ただ、たまにSNSのフォーマットが自分に合っていない時もあります。
TikTokが流行っていますが、やはり僕らより下の世代のほうが面白いものを見つけてくる。でも、僕らの世代だからキャッチできるものはあると思うし、年代によってうまいことすみ分けができているのかなと思うようにしています。
業務の「枠」にとらわれない
ーーおふたりとも、通常業務の「枠」にとらわれずお仕事されているようです。
水口:僕も宮本君もお互い描き手ということも関係しているかも。さらに、彼はメーカー勤務で知識や表現方法にたけていて、僕は販売する側です。
作家さんはどちらかというと描くことに特化しているけど、知識であったり、作品を売ったりすることは苦手な人も多いですよね。僕らはたまたま仕事としてそれができるので、作家さんたちへアドバイスさせてもらっています。
宮本:僕も描くことよりも描いている人を応援したい気持ちが強くなったかな。それがメーカーのセールスにつながっている感じはあります。
水口:その考えがあるから、おそらく宮本くんも営業先で作家さんを見ると情報を集めてきてくれる。で、僕にこんな人いましたよとか情報共有してくれるので、すごくありがたいです。
ーー周囲から驚かれるような行動やチャレンジの経験はありますか?
水口:何年か前に「ペーパー3Dキャンバス」という商品を作りました。紙製のキャンバスなんですけど、企画を出した時は周りから「え、ただの紙の箱やん」と言われました。確かにただの紙の箱なんですけど、僕の中では「描くときは平面で描いて、飾る時は組み立ててキャンバス状にする」というコンセプトがあったので、全く新しいキャンバスですとゴリ押しして商品化しました。
ーーゴリ押し! すごいですね!
水口:でも結構ウケているんですよ。飾る時は箱になる、でも搬入搬出時にはぺたんこになる。だから運搬しやすい。
副産物もありました。紙に水彩絵の具で描くと、水分を吸い込んで紙が波打つ現象が起きます。でも、「ペーパー3Dキャンバス」は折る工程を3、4回こなしていくので、繊維が引っ張られて伸びていく現象が起きるんです。偶然生まれた副産物がセールストークになりました(笑)
ーー宮本さんはどうですか?
宮本:ちょうどコロナ禍でおうち時間があったときに、SNSに毎日投稿する「#水彩強化マラソン」を考えたんですよ。簡単なテーマではなくて、普段描かへん絵を毎日描くみたいな。結構盛り上がりました。
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カワチさんが1年分の商品を出していたので、うちは1カ月だけやらせてくださいと言って、水彩紙を貼ったミニ色紙31枚セットを販売しました。新型コロナが流行りだしてすぐくらいから始めたかな。当時はまだどこのメーカーもやっていなかったので、ハッシュタグ企画の走りになったんじゃないかなと思っています。
”カワチさんが1年分の商品をだしていた”がコチラ『do Art白いSNS用紙365枚セットver2』
“ハッシュタグ企画の走りになったんじゃないかと”おもうホルベインハッシュタグ企画がコチラ「#ホルベイン水彩総選挙2021 -A to Z- 」「ガチ絵でクロッキー帳を飾ってみた!#ガチクロ」 「#オペラTHEの怪人からの挑戦状」
水口:ホルベインさんは早かったですよね。
宮本:水彩強化マラソン以外でも、うちで出している水彩絵の具108色の中からナンバー1を決める総選挙をやりましたね。「水彩総選挙」。
水口:Instagramが流行った頃、作家さんがみんな写真を撮りやすいように正方形の紙に書いて投稿していたんですよ。紙はどうしているのか聞いたら、自分で正方形に切っていると言っていたからSNS用紙を商品化しました。毎日描いて投稿できるように365枚セット。さっき宮本くんが言っていた商品ですね。結構、いまだに使って投稿してくれている人はいますよ。
※作家さんの声から生まれた「SNS用紙365枚セット」
宮本:コロナ禍は業界的にすごく元気がなかったですよね。いろいろテーマを出して一緒に楽しもうみたいなことをしたのは、時代にあった良い企画ができたと思っています。
◇ ◇ ◇
【プロフィール】
◆水口靖一郎(ミナクチ・セイイチロウ)
株式会社カワチ プラスデザール事業部・クリエイティブディレクター
芸術系高校を卒業後、アパレルデザイナーとしてキャリアをスタート。
その後、シルクスクリーンの技法に魅了され、シルクスクリーン製版業へ転職。製版の現場を経験したのち、アルバイトとしてカワチ画材に勤務。
販売職に興味を持ったことから、ペットショップ業界に転身し、店長として勤務。
その際、現・株式会社カワチ代表から人生初のヘッドハンティングを受け、再びカワチへ。販売職ではなく企画部門に所属し、現在はプラスデザール事業部でクリエイティブディレクターとして活動している。
なお、「水口(ミナクチ)」という読み方が珍しいため、クリエイター仲間からは「ミッキー」の愛称で親しまれている。
◆宮本彰典(ミヤモト・アキノリ)
ホルベイン画材株式会社 営業部・カワチ画材担当
芸術系の学校を卒業後、自身の個展など制作活動を続け、違う業種に勤めながら絵画教室の講師を行うなど絵画教育の現場にも関わる。
そうした背景を活かし、現在はホルベインの営業として、画材専門店への小売販売や美術系の学校への講習、若手アーティストの支援など現場を中心に活動中。
画材の面白さや可能性を伝える講習会やワークショップも積極的に行いながら、「この絵の具、こんなふうに使えるんだ!」「この紙、試してみたい!」と思ってもらえるような、ちょっとしたきっかけづくりを大切にしている。
〝使う人に近いメーカー営業〟として、今日も画材とアートの現場をつなぐ橋渡し役を担っています。
◆ホルベイン画材株式会社
創業1900年、大阪発の総合画材メーカー。
専門家用絵の具を中心に、水彩絵の具、油絵の具、アクリル絵の具など、幅広い種類の画材を開発・製造・販売。特に、絵の具の品質や安定性が高く評価されており、国内外のアーティストが愛用する。また、画材だけでなく、筆やスケッチブック、キャンバスなど、絵画制作に必要な道具も取り扱う〝描くことすべて〟を支えている。
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対談2回目では、「中の人」のふたりが「絶対に売れないけど作りたい画材」「未来の画材店」について頭をひねります。
◆ライタープロフィール
河原夏季
朝日新聞withnews編集部の記者・編集者。
SNSで話題になっていることや子育て関連を中心に執筆。
1986年新潟県佐渡島に生まれ、中学時代は美術部。2児の母。
クリエイターさんたちの人生や作品へ込める思いを取材していきたいです。