画人画廊・on line vol.25 「画材業界の中の人に聞く(2)」2025年6月5日
「売れないけど、作りたい」苦労が見える〝透明キャンバス〟絵の〝供養〟
画材業界「中の人」に聞く(2)
「絶対に売れないけど、作りたい画材を考えよう」「未来の画材店、こんなだったらいいな」ーー。株式会社カワチ・プラスデザール事業部クリエイティブディレクターの水口(みなくち)靖一郎さんとホルベイン画材株式会社営業部の宮本彰典さんが、画材業界にまつわる〝大喜利〟に挑戦しました。「絶対に売れない」と考えていたアイデアですが、もしかしたら実現できるかも!?(全3回のうちの2回目)
お題その1:絶対に売れないけど、作りたい画材を考えよう
ーー「異端」な働き方をしているおふたりに、今回画材業界にまつわる「大喜利」に挑戦していただきたいと思います。事前にお題を伝えてはいましたが、なかなか難しい……。最初のお題は柔軟な発想が必要となってくるこちら、「絶対に売れないけど、作りたい画材を考えよう」です!
水口靖一郎さん(以下、水口):三つ考えてきました!
宮本彰典さん(以下、宮本):三つ!?
水口:絵を描く人は、見えへん努力をする人が多いんですよ。もちろん意味があってしているんですけどね。例えば、下地に色をつける人もいます。表面は青やのに下に赤を塗って、普通に描くよりかはあたたかみを出す。それって、見る人が見たら分かるかもしれんけれど、どこまで伝わるのかなと。
そこで、あえて「透明キャンバス」を作りたい。透明キャンバスなら裏からも見られます。「実はこの作品、表面は青く塗ってあるんだけど、裏側を見てもらうと実は赤を塗ってるんですよ。だからこの青が出るんですよ」って。
商品名は「白鳥キャンバス」です。白鳥は優雅に泳いでいるように見えるけど、実は水面下で足をバタバタさせているじゃないですか。だから、見えている面と見えてない面があるというので商品名を考えました。
※商品ロゴだけ先に作ってみました♪
作家さんの苦労が見える透明キャンバス、面白いんちゃうかなみたいなね。やろうと思ったらできそうなんですよ。試しに10個でも作ってみようかな。売れるかも(笑)
二つ目は、風に筆と書いて「風筆(ふうで)」。キャンバスに絵の具を垂らして、風が出る筆で絵を描く。扇風機がついているような感じで、絶対思った通りに描けない筆を作りたいな。単3電池で動くようになっていて、先から風が出る筆。
風を当てて模様を描く、アルコールインクアートやポーリングアートという表現はあるけど、あえてそれ用の筆を作る。
三つ目はね、昨日たまたまスーパーに行って「生メロンパン」というのを見て、「生キャンバス」を作ったら面白いんじゃないかなと思ったんですよ。2時間しか描けないキャンバス(笑)封を分けたらすぐに絵を描かないといけない。技術的に無理かもしれないけど。
宮本:「生キャンバス」という名前のものはあるんですよ。
水口:あるの!?
宮本:下地剤を塗っていないキャンバスのことです。
水口:でも時間制限付きのキャンバスを作ったら面白いかなってね。誰が買うかは別として。作ってみたいなとスーパーで買い物をして思いました。
宮本:僕はね、3色ポールペンみたいなガジェットの一体型の筆。赤と青と黄色が出てくる。
水口:それめっちゃいいじゃないですか。
宮本:絵の具って持ち運びがめんどくさいんですよ。パレットも持って、絵の具も持って、筆も持って、紙も持って。筆を3色ボールペンみたいにしたらめっちゃ楽やなと思った。
水口:平筆と面相と彩色と。それめちゃくちゃいいやん。
※何気ない会話から新しいアイデアやヒントが生まれます
宮本:絵の具も全部一体化になってて。先っぽで全部の色が混ざる。混ざってしまって、茶色と黒しか描かれへんみたいな(笑)
水口:それ面白いかも。
宮本:面白いよね。ボールペンでできているから、理屈は一緒。できそうですよね。
あとね、「もの」でなく「こと」でやりたいのは、「絵画供養」。誰の絵か分からん絵が家から出てきた時って、こんなに怖いものはないですよ。有名な絵なのかも分からへんし、どうしたらいいか。
水口:確かにね。
宮本:うちも日本人形をどうするか悩んでいた時あって、多分絵も通ずるものがあるかなと思って。絵画ってどうやって捨てるのかな。
水口:持ち主が分からへん絵もそやし、家族が描いた絵とかね。
宮本:何かしてあげたいですよね。
水口:実は、やるんですよ。
宮本:やるの!?笑
水口:ベテランの作家の先生がいて、作品がめちゃくちゃあるんですよ。でも、自分に何かあった時に残っていたら困る。1枚の作品としては何十万、何百万円という先生の価値があるので、なかなか売りにくい。
じゃあ、切って売りましょうよと提案したんです。作品を思い切って5センチ角くらいに切っちゃう。それを額縁に入れて売るというのを、今度実験しようと思っています。量り売りみたいな感じで。
作品の一部分だけでもストーリーがあって面白い。青い空だけを切り取ると青い絵になります。
※「クレパス画家田伏勉・ヴィンテージアート展」先生の作品を3つのサイズにトリミングし、本物にふっる喜びをより身近に感じていただく企画。
結局「供養」なんですよね。倉庫にあっても仕方がない。でも、飾ってもらえるのであれば、多分絵としては本望なんですよ。おそらく作家さんとしても本望なんですよね。ただ、先生にとってはものすごい安い金額です。
自分の作品が切られるというのは、勇気がいると思います。それを承諾してくれた先生がいるおかげでこの企画が実現できるんです。
宮本:ほんまですね。でも、絵の処分に悩む人は多いと思います。
水口:めちゃくちゃ多いですよね。
宮本:僕も絵を描いてるけど、処分のことを考えたらどうなんだろうな。売れたらいいですけど。
水口:分かるな。僕も家にめちゃくちゃあるもん。残った人には売れるかどうかも分からないですからね。これ実は模写や、売られへんやんとかね。
お題その2:未来の画材店、こんなだったらいいな
ーーこのアイデアから何かが始まるかもしれませんね。では、続いてのお題です。「未来の画材店、こんなだったらいいな」。いかがでしょう?
水口:これね、多分もうすぐそんな時代になるんちゃうかなぁ。
宮本:じゃあ僕も同じかもしれない。
水口:そう? 僕はChatGTPを使って、店に入ってきたらコンシェルジュのようなのがいててね、コンシェルジュが「今日の気分はどうですか?」みたいな感じで絵の具を選んでくれるサービス。使ったことがないものを使ってみたいと思わせてくれるようなChatGTPがあれば面白いんじゃないかな。一緒?
宮本:一緒。僕もAIが置いてある画材店。すでに駅にいるじゃないですか、AIコンシェルジュ。「今日のあなたにはこの色がおすすめですよ」みたいな診断をしてくれて、そのAIもちゃんと絵を描いている設定で画材相談に乗ってくれるっていうね。
水口:バーチャルもかなり発達していると思うので、絵の具の色をバーチャルで体験できたら画材の面白さが広がるんちゃうかなって。
基本的には店舗に実際の絵の具を試してもらうスペースはあるんですけど、全商品は用意できないですよ。一度ふたを開けちゃうと固まる絵の具もあるので。
ちょっと昔だったら絶対無理やったけど、今はできるんちゃうかな。メーカーさんもそう思ってるんだから、多分できるんじゃないですか。
宮本:AIとデジタルは、僕らの業界では切っても切り離せない「ライバル」のような存在ですけどね。
水口:ChatGTPがいろんな作品を勝手に描いてくれるというのは、いうたら「ライバル」なんですけど、もうデジタルも画材の一つやし。そんな「ライバル」と手を組んでやるのが面白いんじゃないかなぁ。
※まだAIが店頭設置できないのでこんなのを作ってみました「おすすめ画材診断」
宮本:実は僕、高校生や作家さんの前でお話しさせていただく機会があるんですよ。その時に話すネタがあって。「自分たちの描いた絵が、何年先まで残るか考えたことありますか?」という話をよくするんです。
例えば、何万年後に映画みたいに急に電源が復活して、デジタルで描いた絵がぶわーっと出てくることもあるかもしれないけど、そんなのは夢みたいな話じゃないですか。
でも、実際、3~6万年前の絵が洞窟の壁画として世界各地に残ってるんですよ。その絵は、今僕らが売っている画材と同じ成分やったりするんですよね。
だから、僕らが扱っているものは未来につながるものなんかなと思うと、すごくやりがいを感じるんです。これは今日も伝えようと思ってきました(笑)
●5万年前の壁画って、めっちゃ気になるやん!って方はコチラ→「最古の狩猟壁画、5万年前か」
水口:残るかもしれんもんな、実際。
宮本:昔使われていた成分よりもっといいものを使ってるから、極端な話ですが残らないわけがないんですよね。でもこれは、知っているか・いないかで、これから活躍する作家さんたちの選ぶ活動が変わっていくかも。
水口:知ってると知らないとでは多分ね、大きく損をするところがあるかもしれない。もちろん知識がなくても描けるんですよ、絵というのはね。でも宮本君のように専門的な知識を持っている人が教えてくれたことを、ちょっとでも覚えていて意識して絵を描くと、可能性は広がると思う。知識は宝やと思うので、さすがメーカーならではやな。
宮本:メーカーならではです(笑)
◇ ◇ ◇
【プロフィール】
◆水口靖一郎(ミナクチ・セイイチロウ)
株式会社カワチ プラスデザール事業部・クリエイティブディレクター
芸術系高校を卒業後、アパレルデザイナーとしてキャリアをスタート。
その後、シルクスクリーンの技法に魅了され、シルクスクリーン製版業へ転職。製版の現場を経験したのち、アルバイトとしてカワチ画材に勤務。
販売職に興味を持ったことから、ペットショップ業界に転身し、店長として勤務。
その際、現・株式会社カワチ代表から人生初のヘッドハンティングを受け、再びカワチへ。販売職ではなく企画部門に所属し、現在はプラスデザール事業部でクリエイティブディレクターとして活動している。
なお、「水口(ミナクチ)」という読み方が珍しいため、クリエイター仲間からは「ミッキー」の愛称で親しまれている。
◆宮本彰典(ミヤモト・アキノリ)
ホルベイン画材株式会社 営業部・カワチ画材担当
芸術系の学校を卒業後、自身の個展など制作活動を続け、違う業種に勤めながら絵画教室の講師を行うなど絵画教育の現場にも関わる。
そうした背景を活かし、現在はホルベインの営業として、画材専門店への小売販売や美術系の学校への講習、若手アーティストの支援など現場を中心に活動中。
画材の面白さや可能性を伝える講習会やワークショップも積極的に行いながら、「この絵の具、こんなふうに使えるんだ!」「この紙、試してみたい!」と思ってもらえるような、ちょっとしたきっかけづくりを大切にしている。
〝使う人に近いメーカー営業〟として、今日も画材とアートの現場をつなぐ橋渡し役を担っています。
◆ホルベイン画材株式会社
創業1900年、大阪発の総合画材メーカー。
専門家用絵の具を中心に、水彩絵の具、油絵の具、アクリル絵の具など、幅広い種類の画材を開発・製造・販売。特に、絵の具の品質や安定性が高く評価されており、国内外のアーティストが愛用する。また、画材だけでなく、筆やスケッチブック、キャンバスなど、絵画制作に必要な道具も取り扱う〝描くことすべて〟を支えている。
◇ ◇ ◇
対談3回目では、「中の人」のふたりがこれから画材を使う人たちへの熱いメッセージを語り合います。
◆ライタープロフィール
河原夏季
朝日新聞withnews編集部の記者・編集者。
SNSで話題になっていることや子育て関連を中心に執筆。
1986年新潟県佐渡島に生まれ、中学時代は美術部。2児の母。
クリエイターさんたちの人生や作品へ込める思いを取材していきたいです。