画人画廊・on line vol.30 artist「切り絵造形作家・紙屋初瀬」2025年10月2日
「ボトルアート」から始まった立体切り絵 平面で追求する〝温故知新〟ーー切り絵造形作家・紙屋初瀬(カミヤ・ハセ)さん
※小さな雪の結晶。すべて切り絵作品です「雪の木」
瓶の中を舞う蝶々や雪の結晶、静かにたたずむインコ……。切り絵造形作家の紙屋初瀬(カミヤ・ハセ)さんは、立体切り絵とLEDライトを組み合わせ、お酒や香水のボトルの中に幻想的な世界を閉じ込める「切り絵ボトルアート」を数多く手がけてきました。
30年ほど前から、仕事で貼り絵・切り絵のイラストを担当していた紙屋さん。途中、アニメーターに転身しながらも切り絵作家として活動を続けてきました。
偶然から生まれたボトルアート
ボトルアートを始めたのは2010年代前半。「計画的に始めたものではなく、思いがけない出来事から生まれました」と話します。
きっかけは、当時働いていた職場で配られた「テキーラボンボン」です。仕事仲間がメキシコ土産に買ってきてくれたもので、お菓子の入れ物がテキーラの瓶でした。
「パッと見、瓶の中にぎっしりとお菓子が入れられていて面白いなと思いました。瓶の底に4cmくらいの穴が空いていて、そこからお菓子を取る形式でした」
「食べ終わった後、『この瓶を捨てるのはもったいないから、面白い使い方を思いついた人に進呈しよう』と提案したんです」
貯金箱にする、ライトを入れる……様々なアイデアが出る中で、紙屋さんは「切り絵の蝶々を飛ばしてみたい」と考えました。
※「小瓶に蝶を飼ふ・嘘」LEDライトで照らされて蝶たちが瓶の外にまで羽ばたいて幻想的な作品。
仲間に「やってみて」と言われて作品を制作。見事、紙屋さんの案が選ばれて瓶を手に入れることになりました。
テレビやSNSで話題に
それまでは平面の作品が中心でしたが、東京都で開いたグループ展にテキーラのボトルアート作品を出展したところ、注目を集めることに。
神奈川県のケーブルテレビで紹介されることが決まり、急きょ出演に向けてボトルアートを10作品ほど作ったそうです。
※ボトルアートの数々。左から「海のミニチュアボトル」「Alice in bottle Ⅱ」「よつばさがし」。どの作品もボトルとの親和性が高く、とても魅力的です。
作品を作るうちに、瓶底に穴がなくても注ぎ口から切り絵を入れて内部で展開する技法を確立しました。
紙屋さんは、ボトルアートを始めてから立体切り絵を極めていったそうです。その後、X(当時はTwitter)でも話題になり、「こんなものを作ってほしい」とリクエストが届くようになったといいます。
2019年頃まではアニメーターの仕事と兼業でしたが、激務で体調を崩したことなどをきっかけに、業務調整をしやすい作家活動に注力しました。
※コラボ商品・doArt.ファイバークラフト立体切り絵制作キットは通販でご購入頂けます。
2020年にはカワチ画材とのコラボ商品・doArt.ファイバークラフト立体切り絵制作キット「金魚」と「セキセイインコ」を発売しました。2021年の冬と2025年の春には、カワチ画材心斎橋店店内ギャラリー「心斎橋・画人画廊」で個展を開き、多くの人を魅了しています。
作品は「ボトルの外」へ
これまでに作ったボトルアート作品は200点以上あります。一方で、切り絵の技術が高まり細かな作品を作れるようになると、ボトルアートでの表現が難しくなってきました。
「ボトルアートは、小さな注ぎ口から畳んだ立体切り絵を入れて中で広げなければいけません。ですが、あまりに細かいと広げたときに破れてしまいます。どうしても表現の制約が多いのです」
「私が見てもらいたいと思う複雑で繊細な作品と、ボトルアートで表現できるものがうまくかみ合わなくなってきました」
悩んだ末、紙屋さんは切る技術を極め、「ボトルの外の作品」である平面の切り絵を中心に創作活動をすることにしました。
「いまだに代表作のような、自信を持って表現し尽くしたという作品はないんです」と話しますが、2023年に制作した「石橋(しゃっきょう)~絶望のその先~」は印象深い作品になりました。
※「石橋~絶望のその先~」
サイズはM10号(53.0×33.3cm)で、初めて挑戦する大きさ。日本の古典芸能である「能」の演目からインスピレーションを受け、獅子をデザインしました。
「貼り絵をやっていた時代から、能の演目をもとに人物をモチーフにしたシリーズを作っていました。獅子も作ってみたのですが、表現に行き詰まり、長らく形にできずにいたんです。数年越しに今度は切り絵で挑戦してみたら、納得のいく作品が完成しました」
※「石橋」メイキング風景。細さ1ミリ以下の糸のような極細の線で制作されており、切れたらそこで終わりです。
これまでまとめきれなかったイメージが、切り絵技術によって「『選択と集中』し、表現できた」といいます。作品は、2023年の「濃黒奨励作家展」(主催・アトリエ キプリス、特別協賛・カワチ画材)に出品しました。
古典を学び発想を広げる
能をテーマにするにあたり、紙屋さんは古典文学や室町時代に書かれた演目を原文で読めるよう、通信制の大学に入り書誌学を学んだそうです。
「古典に触れるなかで、古典文学をモチーフにした切り絵作品を作りたいと思うようになりました。日本に伝わる伝説や神話に関することを『温故知新』で表現したかったのです」
※左から「弱法師」「去り行く神へ」「終わりから始まる」どの作品も強いメッセージ性があり、印象的です。
「石橋」の制作をきっかけに、「象徴性の高い動物」を描きたいと考えるようにもなったといいます。
※白い紙での切り絵は、モチーフやテーマと相まって、非常に神々しい印象を与える作品になります。
「オオカミやイノシシ、シカ、サル、クジラ……。昔から人は動物を何かの象徴に例えてきました。能をきっかけに獅子を作りましたが、動物の象徴性についても深掘りして、その動物が象徴する先の日本文化や背景を表現していきたいと思います」
紙屋初瀬(カミヤ・ハセ)さん:兵庫県在住の切り絵造形作家。京都市立芸術大学日本画専攻、模写水墨画研究室卒業。1996年より便箋封筒、カレンダー、グリーティングカード、立体カード等のデザイン、原画を多数手がける。2016年日本和紙絵画展新人賞、2022・2023年濃黒切り絵展奨励作家賞など。
X(@kamiyahasse1):https://x.com/kamiyahasse1
◆使っている主な画材
・濃黒切り絵用紙・極 doArt切り絵用紙 カワチ画材店
・純白切り絵用紙 doArt切り絵用紙 カワチ画材店
・タント紙 特殊東海紙業株式会社
・金銀箔
・デザインカッター エヌティー株式会社
・出雲民芸紙
【今後の展示予定】
・2025年10月8日(水)〜10月13日(月)
紙屋初瀬(カミヤ・ハセ)切り絵個展「去りゆく神へ」
アートギャラリー36·35
兵庫県明石市大久保町駅前1-10-2
・2025年11月1日(土)~9日(日)
紙屋初瀬(カミヤ・ハセ)切り絵個展「去りゆく神へ」
サトウ画材
東京都江東区森下3-14-3
◆ライタープロフィール
河原夏季
朝日新聞withnews編集部の記者・編集者。
SNSで話題になっていることや子育て関連を中心に執筆。
1986年新潟県佐渡島に生まれ、中学時代は美術部。2児の母。
クリエイターさんたちの人生や作品へ込める思いを取材していきたいです。