画材を使いこなす人は「かっこいい」。人生を豊かにしてくれる〝色〟 画材業界の「中の人」に聞く(3)

画人画廊・on line vol.26 「画材業界の中の人に聞く(3)」2025年6月5日

画材を使いこなす人は「かっこいい」。人生を豊かにしてくれる〝色〟 

画材業界の「中の人」に聞く(3)

画材業界で働きながら、ともに「描き手」でもある株式会社カワチ・プラスデザール事業部クリエイティブディレクターの水口(みなくち)靖一郎さんとホルベイン画材株式会社営業部の宮本彰典さん。これから画材を使う人たちへ伝えたいこととは。(全3回のうちの3回目)

僕たちがこの画材を好きな理由

ーーこれまでのお話からもものすごく画材への愛を感じるのですが、あらためて「僕たちがこの画材を好きな理由」を聞かせてください。

水口靖一郎さん(以下、水口):やっぱり質感ですかね。僕、正直iPadで描くことが多いんですよ。でも、iPadで描くのにあえて紙のような描き心地になるペーパーライクフィルムを画面に貼っています。

アナログで描くよさって、「シャッシャッシャッ」という音であったり、描いている時に手にくる感覚であったり、あとにおいとかね。そういうのがやっぱり好きなんですよね。特に鉛筆と紙が擦れる音が一番好きです。「描いてる」という感じがします。

あと、この業界に何十年とおるのに、店内を見回して「えっ何これ!?」っていう画材が結構ある。「この絵の具ってこんな使い方する?」みたいなのも。

まだまだ知らんことが多いし、使い方も全部知ってるわけじゃないんですよ。そういうところも「やっぱり画材好っきゃなぁ」っていうのはありますね。

宮本くんは?

宮本彰典さん(以下、宮本):僕は画材も好きなんですけど、画材を使ってる人・描いている人が好きなんやと思うんですよね。画材を使いこなしている人って「かっこいいなぁ」って思うんです。

「料理作るのうまい」「化粧上手」「楽器吹いてるのかっこいい」とか、それと同じぐらいの魅力を感じるんですよ。

絵を描く以外にも、画材をファッションのようなツールとしても見ちゃうみたいな。

水口:分かる。アトリエに行った時、作品よりも道具を見る。道具かっこええな、このパレット育ってんなぁみたいな。

宮本:筆の持ち手がギットギトでも、先端はすごくきれいに使ってるみたいなのも好きです。

自分はもう今ほぼ描き手というよりもメーカーの色が濃くなっちゃったんですけど、これから画材好きな人がたくさん出てくるとすごくわくわくしますね。


この先の画材業界に必要なもの

ーー画材を使う人が増えていくことを願って、「この先の画材業界に必要なもの」は何だと思われますか?

水口:僕よく言うんですけど、「未完成を楽しむこと」やと思います。

今はSNSで動画が流行っているので、完成しなきゃいけないという風潮が強くなっている気がするんですよね。描いている工程を動画に撮って完成させるのが一連の流れですが、「未完成」の魅力はあると思うんです。

尊敬してやまないアーティストに、漫画家の手塚治虫先生がいます。漫画を買ったり図書館で読んだりして、彼の作品はほとんど読んでいますが、未完の作品も多いんです。特に晩年の作品ですね。

未完の作品って、手塚先生が書いた作品はひとつでも、読み手が10人いれば10人の「完成」があるんですよ。読んだ人の感性で創造する。

画材業界も、未完成を楽しむ業界になってくれたらいいなと思いますね。「完成しなくてもいい」ジャンルがひとつできたらね、描く人が増えるんちゃうかな。見る人によって完成してもらうアート。

僕は描く人に「完成させるという強迫観念にとらわれなくていい」と伝えますね。未完の強さって、作品を通して会話をしたいということでもあるんですよね。見てくれた人がどう思うのか。自分なりのアレンジも入れてもらうとか。広めたいジャンルですね。

ーー宮本さんは画材業界に必要なものをどう考えますか?

宮本:​僕はね、画材体力というか、画材筋肉をつけてもらいたいと思いますね。

水口:画材筋肉(笑)

宮本:絵を描くのって、体力を使うんですよ。汗もかくし。畳1畳分ぐらいの絵を描く人もいるわけで、それを描き抜ける体力とか忍耐力とかデザイン力とかも必要ですね。

色を塗ればいいというものでもないから、それなりのテクニックも必要になってきます。そこで必要なのは画材知識。今の学校は美術の時間が少ないじゃないですか。なおさら知る機会を作って、勉強して取り組んだほうがいい絵が描けると思います。

水口:「知識」と書いて「きんにく」と読ませるみたいな。

宮本:そうですね。芸大や専門学校に行っているのであれば、学びを活かした絵を描いてほしいとも思いますね。

「絵を描くことが好きな人」と「学校に行って絵の勉強をした人」ではまったく違うと思います。どちらがいい悪いではなく、そういう人たちが出会って化学反応が起きるといいなと思うんです。

水口:僕らからしたら、うまいからスカウトするわけではなくてパッションですよね。訴えるものがあるとか、言いたいことが伝わってくるとか、うまいわけではないけどすごく惹かれるとかね。

宮本:そうそう、パッション。

水口:自分にしか描けない世界をみんな持っていると思うので、自信を持ってほしいですね。


これから画材を使う人へのメッセージ

ーー今のお話にも通じますが、これから画材を使う人たちへメッセージをお願いします。

水口:僕、この間初めて油絵の具を使ってみたんです。油絵の具の販促動画を作るので、使ったことないしやってみようかなって。その時、「やる気スイッチ」があるといいのになぁと思って調べたんですよ。どこにあるかなって。

そしたら、脳の「側坐核(そくざかく)」という部分に「やる気スイッチ」があると書かれた情報を見つけました。とりあえずやり始めるとドーパミンが出てきて「やる気スイッチ」が入るらしいんです。

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じゃあやってみるかと油絵の具を使ってみたら、面白かったですね。これから絵を描きたいと思っている人に伝えたいのは、「とりあえずやってみよう」ということ。絵がうまい下手は関係なく、やってみるとどんどんスイッチが入って、「次はこれしようかな、あれしようかな」となってきます。

ーー宮本さんはどうですか?

宮本:メーカーやお店って一体どういう存在なんかなって思うんですよ。僕らは絵を描く側でもないし、ギャラリーのように飾ったり売ったりしないけど、絵に詳しかったり使い方に詳しかったりと不思議な立ち位置。

僕らは画材のプロなんですけど、自分たちは描く人と周りの人の間にいる存在なのかなって最近、思うようになりました。描く人がその気になった瞬間に、背中を押す存在っていうのかな。

これから画材を使う人って、今後も描き続ける人だと思います。描き手だったら分かるかもしれませんが、うれしい時もつらい時も描かないといけないことがある。でも、そこでちゃんと描くことでプロになっていくのだと思います。

落ち込んだ時に使うのは、落ち込んだ色なんですよ。普段は絶対に使わない、落ち込んだ時にしか使わない色なんですけど、元気になった時にはその色が支えてくれていたことに気づく。これからもいろんな色に触れてほしいですね。

水口:その時その時に使う色って、人生に何かしらの影響を与えるんですよね。画材店に来てもらったら、絵の具は12色だけではなくてたくさんあることが分かります。

僕らの世代は「ネズミ色」と言ったらぴんとくるんですけど、うちの子どもなんか「ネズミ色」って言ってもイメージができない。ハムスターくらいしか見たことありませんよ。だから「ネズミ色」=「灰色」にならないんですよね。

メーカーさんは色材を使うプロ。色はたくさんあって、気持ちが沈んだ時の色や楽しい時の色、その時その時の色を使ってもらうことによって、人生に何かしら影響を与えてもらえればというメッセージが強いんでないかな。

画材店としては、それを使って書く、「やる気スイッチ」を刺激してもらうという(笑)

つらい時に絵なんか描きたくないと思っていても、描いてみたら気分が上向きになっていくこともあるんちゃうかなぁ。そういう色の力も伝えていきたいですね。

◇  ◇  ◇

【プロフィール】

◆水口靖一郎(ミナクチ・セイイチロウ)
株式会社カワチ プラスデザール事業部・クリエイティブディレクター
芸術系高校を卒業後、アパレルデザイナーとしてキャリアをスタート。
その後、シルクスクリーンの技法に魅了され、シルクスクリーン製版業へ転職。製版の現場を経験したのち、アルバイトとしてカワチ画材に勤務。
販売職に興味を持ったことから、ペットショップ業界に転身し、店長として勤務。
その際、現・株式会社カワチ代表から人生初のヘッドハンティングを受け、再びカワチへ。販売職ではなく企画部門に所属し、現在はプラスデザール事業部でクリエイティブディレクターとして活動している。
なお、「水口(ミナクチ)」という読み方が珍しいため、クリエイター仲間からは「ミッキー」の愛称で親しまれている。


◆宮本彰典(ミヤモト・アキノリ)
ホルベイン画材株式会社 営業部・カワチ画材担当
芸術系の学校を卒業後、自身の個展など制作活動を続け、違う業種に勤めながら絵画教室の講師を行うなど絵画教育の現場にも関わる。
そうした背景を活かし、現在はホルベインの営業として、画材専門店への小売販売や美術系の学校への講習、若手アーティストの支援など現場を中心に活動中。
画材の面白さや可能性を伝える講習会やワークショップも積極的に行いながら、「この絵の具、こんなふうに使えるんだ!」「この紙、試してみたい!」と思ってもらえるような、ちょっとしたきっかけづくり

を大切にしている。
〝使う人に近いメーカー営業〟として、今日も画材とアートの現場をつなぐ橋渡し役を担っています。

◆ホルベイン画材株式会社
創業1900年、大阪発の総合画材メーカー。
専門家用絵の具を中心に、水彩絵の具、油絵の具、アクリル絵の具など、幅広い種類の画材を開発・製造・販売。特に、絵の具の品質や安定性が高く評価されており、国内外のアーティストが愛用する。また、画材だけでなく、筆やスケッチブック、キャンバスなど、絵画制作に必要な道具も取り扱う〝描くことすべて〟を支えている。


◆ライタープロフィール

河原夏季

朝日新聞withnews編集部の記者・編集者。

SNSで話題になっていることや子育て関連を中心に執筆。

1986年新潟県佐渡島に生まれ、中学時代は美術部。2児の母。

クリエイターさんたちの人生や作品へ込める思いを取材していきたいです。

Twitter https://twitter.com/n_kawahara725

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